とりあえず移転してみました

ニュースねたや、IT系の記事を書いていくつもり・・・ですが、どうなるかわかりません。まあ、とりあえず やってみます。

今日は、土用の丑の日だった・・・

この時期になると登場してくる「土用の丑の日

小さい頃は、「土曜」と思っていたので、「土曜じゃない・・・」と思ったものですが、土用って今でも微妙な感じです。
というのも、五行に由来していて「木、火、土、金、水」の5つが全ての根本という考えがあって、土以外は季節があてはめられていて、土だけないのです。

春は、木・・・なんとなくわかりますね。春は、新芽とか出てきます。夏は、火・・・暑いですからね・・・
秋は、金・・・う~ん、どうでしょう? 冬は、水・・・これはわかります。

それで、土ってどこにもはまらない。そこで、それぞれの季節の変わり目の立春立夏、立秋、立冬の前の18日間を土としたと・・・その期間は、土用ということらしい。
その土用の期間で「丑」の日を土用の丑の日と呼んで「う」のつく食べ物を食べましょうと。

ちなみに、今日は「癸丑」(うずのとうし)の日。九星では、「五黄土星」。ここでも、土が出てきます。
今年は、8月6日も「乙丑」(きのとうし)で、土用の丑の日。九星では「二黒土星」。

うなぎ屋さんは、今年は大忙し。

由来も結構ないい加減な感じですが、大安とかの六曜も結構酷い。元々、六曜はあるけども吉凶を占う要素に過ぎないので、単独では判断できない。それが、いつの間にか単独で吉凶を占う話になっていた・・・

「大安」だからって、みんなにとって良い日なんてあるわけない。酷い話だ・・・・・・・

 

武道とスポーツ

空手も10年近く練習し、その後はキックボクシングも10年以上練習してきましたが、先日見た番組で改めて考えてしまいました。
というのも、空手=武道という部分が強調されていました。当然、空手は武道です。スポーツとしての要素もかなり入っていますが武道です。

ここで、疑問なのが武道での「試合」というのは「仕合」とか「死合」なんて言うこともあります。
つまり、負けたほうが死んでしまうというくらいの意味なのですが、試合に対する心構え、気持ちの持ち方という意味合いも大きいと思います。

厄介なのは、空手は「一撃必殺」という考えもあるので、試合でも一撃で殺してしまう・・・ので、簡単に試合はできないという考えもあります。瓦を割れる拳を持っていても、動いている人に対して一撃で殺せるほどの打撃・・・・・・・というのは無理なのですが・・・・空手どっぷりの時期はそんな考えを持ってしまいます。

空手は、基本と型で試合のための練習というのは、スポーツ化だという考えもあります。実際には、試合のための練習をしていないと大会では勝てません。ただ、試合のための練習だけしても空手=武道という意味あいが薄くなってしまいます。

武道とは何か?というのを今更ながら考えてしまいます。

その後、キックボクシングをやることでボクシング関係の人とかも近くなるのです。ボクシングはスポーツなのですが、プロボクシングは負けた後の試合は「再起戦」と言われるように再起なんです。一回の負けでも。

世界戦なんかだと負けたら引退という言葉もよく聞きます。これって、「死合」に近い感覚です。負けたら引退なので、今までのキャリアとかを失ってしまうのです。スポーツなのに・・・

スポーツだからこそ、余計な部分の練習はしません。試合に勝つための技術を練習し、多くの対人練習を行います。結果、多くの技術と人を倒す感覚がわかります。パンチなどで倒した人ならわかるのですが、真っ直ぐ撃つより少し斜めに入れたほうが利きます。

ボディもどの部分が効くのか?どの角度がいいか。どれくらいで押し込んだほうがいいのか・・・これは実際に人を殴らないとわかりにくいものです。

場合によっては、綺麗な撃ち方にはならない場合があります。でも、そのほうが効果的な時もあるのです。

一撃必殺でもありませんので、多くの捨てパンチも多用して本命のパンチを当てる準備をします。

では、ボクシングやキックボクシングのほうがいいのでは・・・なんて思うのですが、年を経てくると体もだんだんという事をきかなくなるし、痛むところも年々増えてきます。

そう考えた時に、ボクシングなどはやることがなくなってくるのです。空手には、基本も型もあります。ボクシングは、基本は対人です。1人で行う練習も多いですが、やはり対人練習です。

長く続けて体力維持も出来るのはどちらだろう?それに、礼儀作法という意味でも道場は教えてくれる先生や先輩がいます。ジムは来ても、自分の練習をして終わりです。特に、礼儀作法はありません。(武道系出身の先生の場合はあります)

色々な格闘技を見ても、それぞれの動きを見ていると参考になる動きなども沢山あります。結局、それぞれの競技があってそれぞれが技術などを高めていくのが一番いいと思いました。

また、なにかしらの格闘技を初めてみたいところです。少しだけ練習した居合もまたやってみたい。

 

どちらかが一方的に益があるのは長く続かない

ふるさと納税」の返礼品が高額なものであったり資産価値の高い物が多いのが問題になっている。
もともと、ふるさと納税は自分の出身地の市などに寄付ができ、その分は寄付としてカウントされ減税になる制度というスタートだったと思う。

そこから、寄付に対して「返礼品」という形で地方の特産物などを贈る仕組みが出来てから、「ふるさと納税」がブームになった。
ただ、この仕組みは住んでいる都市に収めている住民税を他の市などに移す仕組みで、納税をしていないと意味がない。

例えば・・・東京都・・・厳密には区になるのだけど、大きく東京で納税して、年に20万円を納めていたとする。
出身地の田舎町という所があったとして、「ふるさと納税」を利用して、田舎町に1万円を寄付するとすると、東京都への納税分が田舎町で移ることになる。手続きが発生するので、手数料がかかるけど、返礼品を考えると「ふるさと納税は得」ということで、利用する人が増えていった。

ただ・・・逆に地方の都市間で納税額が変わって格差が発生したり、都市の行政の納税額が減るなどの問題も指摘されている。

純粋に税金を納めていた額を他の町などに寄付するだけで、返礼品が来るわけだから、利用者にとってはメリットしかない。
返礼品の額が、寄付額の8割くらいになっている所もあるようだけど、その市は「全額返すくらいの気持ち」だったらしい。

というのも、返礼品で地元の品物を贈ることで、PRになるし地元の企業を使うことで地元経済が活性化するという目論見だから。
行政で使うにしても、変動するものだから使う方法にも困る。なにかの運営費にしてしまうと「ふるさと納税」の額が減ってしまうと運営できなくなってしまう。

別の行政では、保育園の費用を無料化に。結果的に、他の所から人が移住するという効果が出ていた。人が来ることで、毎年の税金も増えるし、経済も活性化される。

一時的な効果だけでなく長期的な効果が期待できる。

ただ・・・人が移り住んでも「ふるさと納税」を使って、他の所に納税されてしまうと移住してきても・・・

住んでいる所で、様々な行政サービスを受けているので、「ふるさと納税」にもある程度の限度は必要だと思う。

 

大昔は、暦はどう認識していたのだろう???

古文書に書かれた内容がテレビで放送されていて、暦の部分が気になって見ていると「建保二年 甲戌 正月小 3日」と書かれていた。
建保二年は、元号だから「平成」と同じように変化する。
次に「甲戌」も、「甲乙丙丁・・・という十干」と「子丑寅・・・・という十二支」の組み合わせ。
今年は、丁酉の年。来年は、戊戌の年。

次の正月小は、正月は1月で太陰暦では29.5日で一ヶ月なので「大は30日、小は29日」という事で、調整していた。
つまり、正月小は29日までということになる。

この文章を見て、暦もおもしろいと思った。

同時に、建保二年という元号は、朝廷が決めるものなので、どうやって地方まで普及させたのか???

凄い疑問だ。

そこで、甲戌と記述していたのだろうと勝手に予測。こちらの暦では十干十二支を知っていれば誰でも知ることができる。
ちなみに、年だけでなく月も日も十干十二支で表現できる。

今年の7月12日は、丁酉年 丁未月 庚子日となっている。
それぞれが60進数で進んでいくので、昔の寿命で考えると同じ年が来る可能性は低いので、丁酉年の時に・・・なんて話でもいつくらいの話なのか検討がついた。

ちなみに時間の表現も、十二支を使っていたので子の刻とか、丑の刻とかで表現していた。
24時間を12で割るので、それぞれの刻も2時間の幅があった。
それを4等分して30分単位で表現していたので、「丑三つ時」は丑の刻の1時から3時の中の3つ目なので2時から2時30分となる。

そう考えると、昔の待ち合わせの時間は30分の幅が自然とあったのだろうか???
そもそも、時計が普及していない時代だから、夜の時間はどう知ったのだろう?不思議だ。

 

閏月もあった

歴史物のTVやドラマを見ていると、旧暦なんて言葉が出てくる。昔は、「太陰暦」で現在は太陽暦で・・・というくらいの認識だった。
これがまた、ややこしい。

太陰暦は厳密には、太陰太陽暦だということだった。
もう、意味不明なのだけど、自分なりに解説してみる。

太陰暦というのは、月の満ち欠けの周期で月を決める。その周期は、29.5日なので29日と30日の月があった。
しかし、29.5日×12を計算すると、354日。

これでは、1年で地球が太陽を回る周期の365.25日とは11日程度の差がでてしまう。
そこで、24節気というものを利用して季節を定めていた。「夏至」とか「春分」とかのやつ。
これは、1年を24等分していたの、季節感が変わることはない。

月は、月の満ち欠けの太陰暦だけど、季節は、太陽を回る周期の太陽暦を使ったので、「太陰太陽暦」ということ。

さらに・・・1年で11日も違うと2、3年に一度「閏月」というのも設けないと、どんどん違う月になってしまう。
旧暦では、閏月というのが存在して、1年に13ヶ月あったのが普通だった。

昔昔の話と思うのだけど、これは明治になってから改暦があった時に変わったので、実際には閏月があった時間のほうが圧倒的に長い。

この明治時代の改暦・・・一説では、明治政府が給与を払う時に13回も払わないといけない月があるため、閏月のない太陽暦に急遽変更したという話がある。

明治5年の11月9日に発布し、同年12月3日をもって明治6年1月1日とするという強引な手法。
単純に計算しても、明治の改暦以前と以後では計算が違うことになる。

赤穂浪士の討ち入りも、12月の風物詩的な形になっているけど、旧暦では1月の出来事。雪が降っていても不自然ではない・・・という結末。

 

やっぱり、選挙って変だね・・・

都議選も終わって、結果は予想通りの都民ファーストの勝ち。
なのだけども、今回の選挙でも謎だらけ。というのも、選挙時に投函されるチラシであったり、本人が配っているチラシを見て改めて疑問が。
というのも、チラシに書いている内容をしっかりみると、本人の考えってほとんどなくて、大半が党の方針だったりする。

本人の主張が重要なのに・・・

チラシに書かれていることも、「○○を推進します」とか抽象的。もっと抽象的なのが「中小企業が活躍できるようにします」という書き方。
じゃー、どうするの???と突っ込みしかできない内容。

会社の今期の目標に「売り上げを上げるようにします」とか「業務効率の向上を目指します」なんて書いたら「じゃー、どうやって???」って即効の突っ込みと叱責がくるだろうな。

待機児童を解消しますとかも、いつまでにとか期日がないので言うだけなら何とでもできる。
そういう観点で見てみると、選挙公報に書かれていることのほとんどが期限がないし具体的な数値もない。これで当選して、何もしなくても「頑張りました」で言い訳できてしまう。

そう考えると、選挙の仕組みもそうだし選挙に出てくる人ってのも???

選挙カーで名前連呼は早急に止めてほしい。それで、投票する人がいるのも、もっとダメ。人気投票じゃないし、知っているからとか地元だからとかも関係ない。
何をするのか?どんな考えなのか?選挙の根本的な部分をしっかりしなければ。

そもそも、都議選なんかどうでもいいと思っている人がほうが多いのかも・・・

でも、豊洲移転に関連して巨大冷蔵庫を稼動してしまって、止めると結露して使いものにならなくなるので、稼動し続けているので、都から電気代とかの費用を補填しているのだけど、そのお金って都の税金です。
都に納めている税金なんです。

何も中身がない冷蔵庫の電気代に毎月数百万の費用が・・・そのお金があれば待機児童の問題なんてね・・・

その税金のために、どれだけみんな苦労しているのか・・・

そう考えると、豊洲に決めた経緯や汚染状況などしっかり検討していなかった都の職員と都知事、都議会も問題。
選挙って本当に大事だと思う。

選挙カーで名前を連呼しているだけの候補になんか任せられないって。

 

都議選なのですが・・・

東京は、都議選がありますので選挙ムード・・・と言っても、選挙カーが走っているだけですが・・・

選挙に関しても、全く変化できていないですね。なにせ、選挙カーで名前連呼って・・・もう(怒)
それで本当に投票する人がいるんだろうか?いるんでしょうね・・・
SNSやブログが選挙でも使えるようになったというのも最近ですが、海外ではネットで投票できるようになっているのもかなり前から。
日本でもネットでの投票もインフラ含めて環境はあるのですが、お金がかかるからだろうか?不正とかセキュリティの問題があるからなのか?
いや、もっと単純な理由だと思うのです。

18歳以上が投票できるようになりましたが、ネットでの投票を実施したほうが投票は増えると思うのですが。
天候に左右されることも少なくなるだろうし、投票所まで遠いとかでも大丈夫になるはずなのですが。

その前に騒音でしかない選挙カーはいらない。名前連呼だったり、党の名前だけ言っても選べない。
議員報酬がどうのこうの言うよりも、名前連呼だけの中身のない選挙だから、意味不明な議員が増えるのだと。

残念ながら、政策も今話題の話ばかりだろうし・・・本当に東京に必要なことってなんだろう?
都議会がしていることってなんだろう?

そもそも、都議会いるのか???