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とりあえず移転してみました

ニュースねたや、IT系の記事を書いていくつもり・・・ですが、どうなるかわかりません。まあ、とりあえず やってみます。

ネットの情報は嘘だらけというけども・・・空城の計

テレビの討論番組などでたまに「ネットでの情報は信用できない」という感じの発言を聞くことがある。どの部分の事を言っているのかわからないけども、テレビの情報も酷いものだと感じた。

テレビの歴史番組で徳川家康三方原の戦いについての番組で、その中で家康が使ったとされる「空城の計」については三国志演義で登場する「諸葛亮孔明」が使った策として紹介され、家康もこの故事から知っていて使ったと解説されていた。

三国志演義という時点で、そもそも創作感が強いし、家康の使った計も創作というのが最近は言われている。家康も当然知っていただろうし、実際に「空城の計」は使われているので、当然知識としては知っていたと想像できる。

問題なのは、三国志演義の部分で魏の司馬懿仲達が蜀に攻め入り、軍師の孔明と戦い、兵士の少ない孔明が使ったと解説されていた・・・いや、違いすぎる。
家康の例でも、家康から甲斐に攻め込んだ・・・という話になったら変だ。三方原で、家康と武田信玄が戦い、家康が大敗したという事実は変えてはダメで、そのあとで空城の計を使おうが何をしようが「家康が生き残った」のは事実だから問題ない。多少の創作は・・・と思う。

ただ、三国志の話では蜀の孔明のほうから「北伐」として、魏に攻め込んでいる。逆なんだよね・・・そして、魏に進撃していた蜀が要害として重要な街亭という場所を信頼し期待していた「馬謖」に守らせる。方法も指示をして、重要な場所ということも念を押して、副将もつけて行かせた。

ところが、馬謖は街亭の道に関所を作らずに山頂に部隊を配置し、それを見た魏軍は山を囲み、水を絶ち弱らせたところを撃退した。

街亭を取られたことで、全軍を撤退させることにした。その際に、少数の兵と食料を取りに行った際に、魏の司馬懿仲達が率いる部隊が城の近くに現れて、「空城の計」を使うことになる。

つまり、蜀の孔明が魏に攻め込む -> 街亭を取られる -> やばいので逃げる -> 食料を取りにいく -> 敵と遭遇 -> 空城の計 という流れに。

ちなみに、「泣いて馬謖を切る」という諺も、このあとの戦後処理で、街亭を守れなかった馬謖を切った事から諺になっている。
それだけ、馬謖に期待して信頼していた証でもある。


芸能人を格付けする番組では、「干支」の12支についての問題だった。「和」に関する知識ということだったけど、いや、これも違う。そもそも、12支は「動物じゃない」。

中国で使われていた方角や時間などを表すもので、占いでも必ず出てくる。10の干に、12の支を組み合わせて年や月、日を表したりする。

今年は、丁酉年。

10と12の組み合わせなので、60で同じ干支の組み合わせとなる。これが「還暦」で、産まれた年と同じ干支になる。

和と言いながら、全然使われていない。うーん・・・どうなんだろう。