とりあえず移転してみました

ニュースねたや、IT系の記事を書いていくつもり・・・ですが、どうなるかわかりません。まあ、とりあえず やってみます。

「サムライ」について考えてみる

「サムライ」という言葉やそれに類似した言葉を聞くことがある。しかし、その度に疑問に思ってしまう・・・
「サムライ」が持つイメージで、それを引用することで表すことが多いと思うのだけど、ちょっとね・・・
例えば、サムライのように勇ましいとか、礼儀正しいとか、忠義に厚いとか・・・
ラストサムライ」という映画もありましたね・・・

このイメージというのはどちらかと言うと「武道」を学ぶ人のイメージではないのかと思う。そのまま、「サムライ」が当てはまるのかというと疑問。

サムライという言葉自体も何を示すのかわからない。武士が一番近い感じがする。江戸時代の旗本も近いという感じもする。
共通するのは、将軍や大名などに仕える武術を特技とする人ということだろうか。

武術を特技とするいう意味では、「武官」という存在もある。確かに、朝廷内でも武装し警護を任務とする人もいるし、地方の役所とかでも当然存在する。武士が担当したのかというと、それも疑問だ。

サムライというのは、こういう人だという明確な定義はなさそうだ。明確な定義がないもので、例えても全く意味がない。

イメージとして近い武士について、時代ごとに考えてみる。

平安時代

臣籍降下で、天皇の親族が臣籍・・・つまり、家臣になることで、家臣になった貴族が武装して、武士が起こったと言われている。平氏や源氏が有名なところ。
貴族に仕え、武力の行使や身辺警護など「警察」や「護衛」に相当し、貴族よりも身分が低く扱われていた。
武士というよりは、武官というイメージに近いのではないだろうか。

後期になると、「平清盛」が武士でありながら太政大臣までなり、武士が政権をもった最初の人だと言われている。武士というよりは、中級貴族が出世したという感じに思える。この頃の「武士」というのは、やはり武装した下級貴族と考えていいと思う。

鎌倉時代

源頼朝公が鎌倉に武家政権を興して「鎌倉幕府」という武家が政治を行うというスタイルが出来た。ここで、武士という存在が単なる武装した貴族というよりは、政権まで担え朝廷とも対抗しえる存在にまでなり、各地の豪族や武士も幕府に従うようになった。
この頃の「武士」というのも、地方の豪族のような勢力もあり、武力で地域を支配していただけで、礼儀とかはない。
実際に、この頃に書かれた絵には、門から近くにいる農民にいきなり弓矢を射掛けたり、切りかかる武士の姿が描かれている。
財力も武力ももっていれば、地方の豪族なんて何でもできるのは簡単に想像できる。
貴族が持っていた荘園や、寺や神社が持っている土地は、それぞれが管理していたので、場所ごとに管理体制は違ったのだろう。

室町時代

後醍醐天皇足利尊氏などによって、鎌倉幕府は滅亡。その後、建武の新政が行われるが武士の不満が多く、足利尊氏が挙兵し室町幕府を開くことになる。室町幕府は、京都にあったので鎌倉幕府と比べて武士として独立した政権というよりは、朝廷との相互の影響があったように思える。

安土桃山時代

室町時代後半からは、所謂「戦国時代」で秀吉公が統一するまでは戦乱の時代。守護、守護代や地方の豪族が力を持ち、戦国大名として活躍する時代。生き残るために、従う勢力を変えたり主君を変えることも多く、この頃の武士に忠誠とか礼儀などは重要ではなかったように思う。

江戸時代

徳川家康公が江戸に幕府を開いてからは、200年以上の平和な時代が続く、武士も戦闘員としての技量を期待されることもなくなる。幕府が直接雇用していた旗本についても、武術の修練は怠けて免許をお金で買うような時代。今の時代の「サラリーマン」も、この時代の旗本のイメージと重なるので、「日本のサラリーマン=旗本(武士)」というイメージになるのかも知れない。

結局、サムライとは?

時代ごとに「武士」の役割も、必要とされていた技量も変化する。「サムライ」=何々という単純な構図ではない。現代のサラリーマンが武士のような言い方をする場合もあるけど、武術を習得していない時点で「武士」でも「サムライ」でもないのだが・・・

もっと言うと、支配階級であった武士の割合は、全人口の数%でしかない。大多数は、農民であって現代人はその子孫が大半ということになる。では、「サムライ」と言われるような精神的に継承したものはあるのだろうか・・・

戦国時代の武士も、主君を色々と変えるのが普通であって、「忠義に厚い」というイメージとは異なる。戦国時代の武士も、戦時に農民が徴収されて参加する形なので、素人が突然戦闘に参加するだけで、専門職でもない場合がほとんど。

織田信長が「兵農分離」ということで、専門の戦闘員を配置し、いつでも戦闘が可能にしたというのも有名な話。

戦国最強と言われる「武田信玄」も、地方豪族のまとめ役的なものだったとも言われている。各地を治める「小笠原」「諏訪」「真田」などをまとめ、武田という名の元に従わせた。跡を継いだ「勝頼」も優秀だったのだけど、まとめ役というよりは、信長的に中央集権的な組織にしようとして、反感を買ったとも言われている。

江戸時代になっての旗本が「忠義」とか「礼儀」という部分では「サムライ」に近いように思うだけど、「忠臣蔵」のイメージが強いからなのかも知れない。ただ・・・赤穂藩の家臣の数は、47人ではない。ということは、全員が主君の仇討ちに参加したわけではない。

忠義に厚いのがサムライであるのであれば、これも少しイメージが違う。

残念ながら「サムライ」という言葉が持つイメージと実際には大きな違いがあり、「サムライのように・・・」なんて簡単に言う人の多くは知らないのだろう。

格闘技をやれば「サムライ」なのかと言えば、これもまた違う。

格闘技は、あくまでも戦闘術。戦闘術を覚えてもサムライではない。戦闘術を覚えれば「サムライ」であるのであれば、武士でなくても護衛をしている武官も武士になる。結局、サムライなんて言葉を使える人はいないのだろうな。

だからこそ、安易に「サムライなんとか」や「サムライのように」なんて使うのは、違和感を覚えてしまう。

 

スマホゲームも酷い状況に

スマホのゲームも沢山リリースされています。少し前までは、ずっとやっていたゲームもあったのですが、それも段々と課金に向かうようになってきたので、止めました。
それから、たまに別のゲームをインストールしては少し遊んでアンインストールを繰り返しています。

「基本無料」というゲームですが、はっきり言って「無料」じゃ遊べません。
というのも、基本無料のゲームの場合は、対人になる場合が多く、無料でもらえるアイテムでは課金した相手とは互角に戦えることはありません。レベルがこちらが上だとしても、「なぜか課金したほうが圧倒的に強い」のです。

まあ、課金しているからね・・・ということなのですが、あまりにも違いすぎるのです。

この手のゲームで共通しているのは・・・

・城や基地を開発する
・資源を回収する装置で一定時間で、資源は増えていく。「木」「鉄」「石」というパターン。
 ゲームによって、木が油に変わったりとか、変化する
・課金することで、特殊な資源を回収する装置が登場する
・兵を訓練する施設で色々な種類の兵士を使える
・技術というパラメータがあり、これを上げることで上位の兵士を訓練できたり、防御施設も効果の高いものを装備できる
・特別なアイテムで瞬時移動やバリアなどがある

まず、資源を回収する機械を設置して、資源が溜まったら兵士を雇ったり、装置のレベルアップを行う。技術も同時に上げて、訓練の効率をあげたり、開発効率などをあげる。

レベルが上がるほどに、レベルアップする時間が長くなる。

先にゲームを始めたほうが有利なことは理解できる。そこで、課金することで時間を短縮できるので、後発組でも遊べることになる。ただ・・・相手が同じように課金していれば差が縮まることはない。
結局、金を積んだだけ強くなれるという単純な法則になる。

世界中のプレイヤーがいる場合が多いので、同盟を組んで対抗しないと1人ではガンガン攻め込まれる。
そうなると同盟内で、課金している人、課金していない人の差が出てくる。同盟のために・・・という感じで課金してしまうこともある。

基本無料なんてことはない。むしろ、課金しないほうが悪という感じにもなってしまう。課金するプレイヤーは、楽しめるけど、課金しないプレイヤーは課金プレイヤーのやられ役という感じ。接待ゲームと化してしまう。

時間をかければ強くはなる。一定時間で、資源とかをもらえるようになっている場合が多いので、ずっとログインしているか、頻繁にログインすればアイテムを多くもらえるので、強くはなれる。

それでも、課金しているプレイヤーには全く適わない。

ゲームを購入して遊んでいた時は、そんなにゲームも買えないので同じゲームを飽きるまでやっていた。難易度を変えたり、自分で難しいルールを作ったりして。ネット対戦も、ゲームを購入すれば無料で遊ぶことができた。

課金前提のゲームでは、月に数千円だと少ないほうで、数十万円、数百万円も課金している人もいるようで。そのお金があればゲームを開発できるくらいなのだが・・・

ゲームの中の会話でも、結局「課金」という言葉しかなくて、「会社の回し者か?」と思ってしまうくらい。まあ、課金すれば早いのだけど、ゲームなのか?と思ってしまう。
考えるよりは、課金して有利なアイテムや装備を購入したほうが早い。

少し前にもカードゲームか何かで、課金してスロットを引けるくじを購入して、スロットを回すと数%の確率で超レアカードが手に入るという事だったけど、実際には公表されている数値よりもかなり低い確率だったとかで問題になっていた。

ゲーム上でのカードだから、運営側はデザインしてカードを作れば終わり、物理的なものはないので、スロットを回してくれるだけ、じゃんじゃか儲かることになる。

サーバの維持費用もかかるけどね・・・

課金が怖いのは、そのゲームがいつまで遊べるかわからない。突然、サービス終了になる可能性もあるし、飽きてしまったユーザーが増えて、人が少なくなるとゲームは途端につまらなくなる。
ネット対戦ゲームが、誰もログインしてこなくてゲームが開始されない・・・なんてこともあった。同じような状態になる可能性も当然ある。
その時に、毎月数万円も課金していたら・・・どう思うだろうか・・・

ゲームパターンも同じようなのが多いし、もうスマホゲームはしないかも・・・

 

坊さんの世界も難しいのね

今読んでいる本は、お寺の家に生まれた人が書いた本で、お寺の世界というか仏教の中を書いた本。まあ、予想していた通りというか、やっぱりそうなのね・・・という感じです。

・お寺は、収入にそれほど困らない。むしろ、裕福
・お寺を継ぐのは、長男が基本
・定年がないので、死ぬまで職に困らない
・自分のお寺に戻れば、お山の大将になる
・総本山が一番偉い

お寺は、昔からの檀家さんがいれば定期的な収入になりますし、定期的に法事もあります。地方のお寺は、人が減ることで収入的に厳しいところも多いかも知れませんが、ある程度の規模のお寺なら収入に困ることはないのでしょうね。

長男が継ぐというのも、今でも家を継ぐというのは長子になりますので、これはお寺に限ったことではないですね。

問題なのは、お寺を継ぐのが長男でお寺の規模で階級とかも決まるらしいので、大きなお寺の長男に産まれれば、特に苦労せずに偉い坊さんになることが出来ると。それで、努力しなくても収入も得られるし、尊敬もされる。ちやほやされれば、それ後どうなるか・・・

大きなお寺になると収入もあり、お寺の格も上になるので、総本山に納めるお金も多くでき、格の上のお寺の住職が低い役職になるわけにもいかないので、簡単に偉くなるとか。

その人が、弟子を持って・・・となると悪循環ですね。

歴史を見ても、仏教という保護の元に政治にまで口を挟んだりして、大きな影響力も持っているというのは、日本だけでなくどこの国にもあります。守られているからこそ、本来は自分で律することが重要なんですけどね。

少しだけ仏教を勉強した限りでは、お経を唱え、教え広めることも功徳になるし、諸仏が守ってくれると言われているので、中身がどうでもお経を教え広めれば守られるのだろうか???

悪い行いをしても、お経を唱えれば極楽浄土に行けるとも言われている。でも、これって悪いことをしても「ごめんなさい」と言えば済むような感じを受けてしまう。
実際には、生きている上で意識していない罪を犯していたり、仕方なく罪を犯した場合に当てはまるのではないのだろうか?

お坊さんにこれらの事を聞いても、納得いく答えはないのだろうなと感じた。自分で、経典を読んで感じて、理解するしかないと思う。
時間はかかるかも知れないけど、本当に理解するにはそれしかないのだろうと。

宗派によって考え方も違う時点で、宗派を選んだらその宗派の答えしか出てこないわけで。

お寺に産まれた人でも、次男、三男で実際にお寺にいるから興味を持ち、色々と勉強して修行しても、長子じゃないからお寺を継げないとなるのだろうし、そういう人が「amazon」で法事に来てくれたほうがいいかも知れない。

武道の流派でもそうだけど、どの流派とかは関係なく、結局個人個人の力量なんだよな。

仏教の宗派も、結局自分と合う宗派とかお坊さんを選ぶというのがいいのかも知れない。それよりも、自分が好きな観音様を信仰するほうがいいかも。

 

旅行会社の倒産で、保障される額って少なくない???

てるみくらぶ」という旅行会社の倒産がニュースになっている。負債総額が約151億円というとんでもない金額。
一般旅行者に対しての負債は、3万6000件くらいで100億円と。
これも、あまりにも高額。

てるみくらぶ」というのは、宿泊と飛行機などをパッケージにしたパッケージツアーの格安会社だとか。
人気だった時もあったようですが、3月24日に突然、旅行ツアーの一部が発券できなくなるような状態だったとか。

というのも、「てるみくらぶ」から航空会社への入金ができていなかったとか・・・

以降の旅行についても、「中止」してくださいということらしい・・・まあ、行けないよね。

ただ・・・旅行に行く前に予約してお金を振り込んで成立します。そこから、旅行会社はホテルや航空会社にお金を支払います。ということは、旅行に行く人の分はお金をもらっているわけです。
それが、100億円くらいと。

問題は更にここからで、日本旅行業界は会員だった「てるみくらぶ」の債権を弁済するということだけど、最高額が1億2000万円!!!とな!!!

明らかに足りていないわけで、これってどうなるんだろう?
破産手続きが進めば会社のお金から戻されるのだろうか?いや、返すお金があるのだったら支払いは出来ているわけで、支払うお金がないということは、期待できない・・・100億円なにに使ったの???

その他の50億円というのは、色々な経費なんだろうけど、これも金額が凄い。

別の会社が倒産する前の状況を知っているけども、以外とお金をバンバン使っていた。なんでこんなに設備買うのか?って不思議に思っていた。
しかも、使う予定がないのに・・・あれは不思議だった。

未だに理由はわからないけど、その会社は別の会社が吸収した。設備は残っている。

金回りが厳しいはずなのに、いきなりお金を使い出したらヤバイ状況なのかも。
今回の件でも、広告とかにドンドンお金使ったり、うまい話に乗せられたりしたかもね・・・

 

アメリカの技術があふれているじゃないか・・・

録画していた番組の中で、ある人の発言について討論していた。芸人に対しての発言だったのだけど、当然主に芸人の人が反論していた。
というのも、とある人の発言というのが「グローバルなレベルに到達していない」という批判をして、「グローバル」というのが「アメリカ」という感じの発言だった。

グローバル(アメリカ)の基準に達していないという発言だったのだけど、その発言に対して「アメリカ=グローバルではないだろう」とか、「アメリカが好きなんでしょ」という感じの反論が多かった。

グローバル=アメリカではないと言いたいところではあるけど、現実はそうではない・・・残念ながら。アメリカが好きというところでも、アメリカ批判が出ていたけど、どうも違和感を感じてしまった。

お笑いのレベルとかはわからないけども、現実世界でも残念ながらアメリカ一辺倒だ。

反論していた芸人も「iPhone」から「Twitter」を使って、反論をつぶやき「facebook」で収録の内容をアップし、「Google」でその人の事を検索したりする。本を書いていたことがわかり「Amazon」から書籍を注文する。

残念ながら、日本オリジナルが少ない・・・じゃ、「LINE」を使うよ・・・と言っても、「LINE」はご存知のとおり韓国系。サムソンの子会社の「NEVER」の子会社。法人登記は、日本でしているけど今でも「NEVER」が大株主。

悲しい現実だけど、実際はそうなっている。グローバル=アメリカではないと言いたいけど、そうはなっていない・・・

 

桶狭間のなぞ

桶狭間の合戦

歴史の授業でも習った「桶狭間の合戦」 大軍で攻めてきた今川義元に対して、数千の兵しかなく無名に近い織田信長が奇襲をかけ今川義元を討ち取るという歴史上でも少ない大逆転劇。
その後、信長は一大勢力となり「ほぼ」日本を手中にして、またもや謎の多い「本能寺の変」で謀反により討ち取られてしまう。

ストーリーとしては、とてもおもしろい。その後に色々と定説が変わってくる。
これまでの印象では、今川義元は貴族かぶれした武将でドラマなどでも「お歯黒」をしていたり「弱いイメージ」がある。それが最近は、覆されてきている。

歴史の授業でも「海道一の弓取り」とも言われて「遠江駿河三河」の3カ国を有して、尾張の一部まで領していた武将が弱いはずがないのです。
ところが、ドラマなどでは別の印象を受けてしまう。

最後のシーンでも、桶狭間で休んでいるところを奇襲されてしまう。大軍で攻めて、油断しているという設定。

やっぱり、矛盾が色々とあるのですが、全く疑いもしなかった。でも、「なんか不思議だな?」とも感じていた。

石高で比べてみる

最近の研究では、実は領土としては大きな差がなかったという事が言われている。太閤検地と呼ばれる測量の結果では、
三河 29万石
遠江 25万石
駿河 15万石

合わせて、79万石

尾張 57万石!!!

今川の領地は、3カ国でも山間部が多く、それほど耕作地がなかったということ。対して、尾張は平野が多いので耕作地が多い。
更に、熱田などの港があったので、港からの収入で尾張は1国でも収入が多かったと。太閤検地のデータなので、当時とは違いがあるとしても大差はないという前提。

耕作地が多いと人も多く住めるという事ににもなるので、単純に石高で有事に動員できる人数も決まってくる。
40万石で1万人という凡そのデータがあるようなので、それで計算してみると、

今川 79万石 ÷ 40万石 = 1.975万人

織田 57万石 ÷ 40万石 = 1.425万人

動員できる人数には、大差がなかったのかも知れない。しかし、事前に準備してから動きだした今川と、後から準備した織田には違いがあるのかも知れないけども、今のように軍隊の移動も早くない時代。
当然、今川が動き出せば情報が送られてくるはずなので、織田側でも十分準備する時間はあったと考えるのは難しくない。

もう1つの謎 源義経

もう1つ不思議に思っていたのは、頼朝と義経の関係。
イメージとしては、兄の頼朝が京で人気のあった弟の義経を疎んじて、追いやったとか・・・頼朝の許可もなく、官位をもらったのが原因だったとか・・・言われていますが、実際には義経を弟と思っていなかったという話もあります。
義経が現れたのは、成人になってからで小さな時に離れ離れになり、義経奥州藤原氏から来てます。

今だったら、親族かどうか調べられますが、突然現れた青年に「弟です」って言われてもね・・・しかも、奥州から来たとなると・・・???
有名になったら親族が増えるという話も聞きますが、それに近いのかも知れません。

 

WindowsVISTAもサポートが終わってしまう

OSのサポート

WindowsVISTAを今でも使っているのだけど、今年でサポートが終わってしまう。それに伴って、WEBブラウザなども新しいバージョンへ更新できなくなっている。
OSのサポートが終わることで、OS自体の脆弱性が高まるので、アプリ側でも脆弱性が高まるという理由らしい。

WindowsXPもサポートが終わっているけど、まだまだ使っているところは沢山ある。VISTAも同じように使われるかは疑問だけど、OSのサポート問題というのは、どのOSに関係してしまう。

WindowsXPが使われているのは、主に会社だと思うのですが、WindowsもXPが発売された頃に多数のパソコンが会社で使われ始めた頃。その前からも使われていたけど、個人レベルでメールやWEBが使えるようになったのはこの頃。

それに伴って、社内システムなどもXPベースが開発するから、OSが変更になってしまうとアプリも変更しなければいけない。このアプリの変更費用というのが高いし、変更すれば再度インストールしたり検証したりしなければいけない。

OSを変えるだけでも、沢山の経費がかかるしアプリも変更すれば同じ品質レベルで出来るか?もわからない。そうなれば、無理にOSを変える理由がないということで、XPが使われ続けるのでしょう。

アプリ開発費用がネック

同じような理由で昔のPC-9801クラスのパソコンが現役で使われているところもあるようです。ホストコンピュータも同じような理由で、COBOLが現役だとか・・・これも、既存のアプリがCOBOLで開発されたものだから、それを新しい言語に変更するのはお金がかかるし、レベルが上がるわけではない。実際には、保守性が高まるので以後の開発費用が安くなる・・・可能性があるのだけど、実際には開発費用が安くなることはないだろう。

それは、今までの言語で20kステップで300万の開発費用だとした場合に、新しい言語だと10kステップで出来るということで、150万にはならない。ステップ数で費用がかわるなら、沢山の無駄なステップを増やせば同じお金をもらえる
提供する機能で費用が算出されるなら、言語が変わっても開発費用は同じということになる。結局、開発を依頼する側からすれば同じだから、手間がかからないほうを選択するのは仕方ない。

パソコンのOSに関しても同じような理由で、会社で使われるパソコンは壊れない限りは使われ続けるのでしょう。

OSのシェアを見てみる

OSごとのシェアについては、マイナビニュースに記事があったのリンクしておきます。

news.mynavi.jp

これを見てもMacは6%程度のシェアしかない。やっぱり、Windowsが大多数。XPが9%だから、中でも高いシェアがある。VISTAは、1%前後で人気がないみたい。さすがに、Windows95とかWindowsMEWindows98とかない。

ちなみに、モバイルOSのシェアも見てみる。

news.mynavi.jp

このデータもマイナビニュースさんにあった。世界的には、Androidのシェアが高く70%近い。日本は独特で、iOSのほうがシェアが高い。
Androidも、4.0以上を対応しておけば、ほとんどの機種に対応ができることがわかる。

OSのシェアを見ていると、WindowsMacOSiOSAndroidは全てアメリカの会社のOS。ここでも、アメリカのIT企業の強さがわかる。